モザイクというアートとクラフトを実現するロボット。アルテイック社が開発した美的なしくみ
イタリアへ旅したことのある人ならば、そこここにローマ時代のモザイクが残されているのを目にしたことがあるだろう。多数さまざまな色彩のタイルを床や壁に埋め込んで、美しい絵を生み出す。小さな単位を積み重ねて大きな絵を生み出すアイデアはすごいが、こんな細かく手のかかる作業はとても現代では実現ができない。
ところが、それをロボットで可能にしたスタートアップがある。ボストンのアルテイック社だ。創設者でCEOのテッド・アクワース氏に話を聞いた。それをお伝えしよう(写真は2013年夏当時)。
アルテイック社が創設されたのは、2007年のこと。ヨーロッパを旅したアクワース氏が、美術館やローマ遺跡でモザイクに魅せられたのがきっかけだった。その後、自宅のバスルームやキッチンにあのモザイクを復元したいと思ったが、その手間やコストは並大抵ではない。ロボットを思いついたのはその時だった。
実はアクワース氏は、スタンフォード大学で機械エンジニアリングの博士号を取得し、マサチューセッツ工科大学(MIT)でMBAを得た。精密機械システムの専門知識を持ち、コンピュータ制御技術、画像処理、ロボティックス関連の研究に携わった経験も持つ。すでに何社かのスタートアップを起業し、3M社などの大企業にも売却した。モザイクをロボット技術で製作するにはうってつけのバックグラウンドが揃っていた。
アルテイック社は、ホテル、レストラン、オフィスなどの商業施設を中心にモザイクを製作する。手順はこうだ。
まず、顧客が望む絵をコンピュータで制作。何かのパターンもあれば、ファン・ゴッホなどの画家の作品、あるいは写真からとった絵ということもあるだろう。それをアルテイック社が開発したアルゴリズムが、タイルに置き換える。アルテイック社が扱うタイルはすべてデジタル化されており、ここで在庫数を確認しながら、ベストマッチのタイル製品を絵のそれぞれのビットに充てはめるのだ。同時にコストや製造にかかる時間も算出されるしくみで、顧客の条件に合った範囲でタイルを選べるのが特徴だ。
その後、レンダリングや実際の見本を作って顧客にプレゼンテーションをする。顧客側から「もっと青っぽい色調にして欲しい」と言われれば、変数を変えてタイルを選び直す。そうしたやり取りを経て、最終のデザインとタイルが決まれば、あとはロボットに作業をしてもらうだけだ。ロボットは標準サイズの12インチ角のパネルを制作し、現場でそれらが組み合わされて施行されるしくみだ。
ロボットは、準備されたタイルを選ぶピック&プレースの典型的なロボットが第一号だった。ファナック製のアームを利用して作った。タイルは列状に並べられ、ロボットアームがソフトェアの指示に従ってタイルを掴んで並べていく。最大60色まで対応可能だ。
現在はさらに進んだ3台のロボットを利用しているという。大学の学生らに設計してもらい商用に製作したもので、そのうち1台はタイルを切る作業も行うという。クラフト色を高めるために、1枚のタイルをさらに割って用いる場合に、このロボットが活躍する。あとの2台は、ピック&プレースをさらに集中して行う。
第一号のロボットは、人間ならば2時間かかる1平方フィート(約0.1平米)大のパネル製作作業を14分で行っていた。その当時でも、レストランの壁モザイクを発注から納品まで5日間でこなしたこともあったという。現在の最新ロボットは、さらにその10倍の速度で作業を行っている。
アルテイック社の強みは、通常ならば多大なコストのかかるカスタム化モザイクを、手頃な値段で提供できるようにしたこと。1平方フィートあたりの価格は30〜100ドル。価格は、タイルの種類、サイズ、色の数、デザイン作業にかかる時間によって異なる。一般住宅に用いられるタイルは同じサイズで8ドルなので、まだ消費者向けほどには安価ではないが、ハイエンドな商業空間の価格としては適性だ。
同社の商品は、これまでフロリダのリッツカールトン・ホテルやラズベガスのベラージオ・ホテルなどに納品されてきた。現在では、さまざまなサイズのタイルを組み合わせることも可能だという。背景は大型のタイルで、中心の花柄部分は細かなタイルで微細な表情を表現するといったようなことだ。
こんな面白い話もある。ロボットは精密な作業を効率的に進めるために導入されているが、「効率性がすべてでないこともわかった」とアクワース氏は言う。ロボットが作り出すモザイクがあまりに精密で正確なため、均一過ぎるという声が顧客から出たというのだ。手作りのような味わいが求められているわけだ。
アクワース氏は、アルテイック社はいつも技術を進歩させようとしているラボのような場所だという。時には、進んだ技術を顧客に伝えるのを忘れてマーケティングしそこなっていることもあるほどとか。
通常ならば製造するだけの現場に、アートの要素を持ち込むこうしたプロセスは、「プロダクション・アート」と呼ばれる。ここでは、表現の余地がロボットの効率性によって支えられているというケースだ。映画の特撮なども含め、プロダクション・アートでロボットが果たせる役割は、まだまだあるに違いない。
同社のポートフォリオはここに。