番外編。DARPAロボティクス・チャレンジの意味、そして決勝戦へ
2013年最大のロボット・イベントだったDARPAロボティクス・チャレンジ(DRC)予選が終わって10日。
考えれば考えるほどに、ずいぶんシュールなできごとだったと感じてならない。15のロボットが同時進行して、人間がやるような8つのタスクに懸命に取り組んでいる。アトラスを始め、精巧に作られたああしたロボットを1体見るだけでも感動のはずだが、それが予備分も含めて20体以上も結集し、それぞれのハードウェア、ソフトウェア、そして人間オペレーターの能力の限りを尽くしている。
こんなイベントに立ち会えたことは非常に幸運だったし、ロボットに対する認識がまったく新しいレベルへシフトしたようにも感じた機会だった。
自走車開発を促進するためのDARPAグランド・チャレンジが最初に開かれた2004年、150マイル(約240キロ)の全コースを完走した車はなかったが、9年後の現在、自走車の実用化はもう数年先に迫っている。 同じように、あと数年もすれば、ロボットたちは今回のようなタスクをスムーズにこなすようになって、さらに高度なタスクへも取り組んでいるはずだ。本当にロボットたちが身の回りに増え、必要とあらば人々を助けに出てくるのだ、という感慨を強くした。
日本人ロボット関係者はどう見た?
さて、DRC会場で何人かの日本人ロボット開発者にコメントをもらっていたので紹介しておきたい。会場には、日本の大学や企業からロボット研究者、開発者も多く訪れていた。ほとんどが経済産業省と米国国防省の間で合意された『人道支援と災害復旧に関するロボットの日米共同研究』に関連した視察だったようだ。
●Aさん、Bさん(いずれもメーカーのロボット開発者)
・とりあえずは、シャフトが勝ってよかった。
・以前からハードウェアを開発してきたチームはともかくとして、数ヶ月でアトラスにソフトウェアを統合したチームの学生パワーを感じる。これだけ達成できたとは、モチベーションがかなり高い。おそらく、1人1タスクを担当させるなどして、責任を持たせるような方法で開発を進めたのではないだろうか。
・ロボットを思うように動かすために苦労しているのがよくわかる。ひとつひとつの動作を作っていくのは簡単ではない。時間がかかる。
●Cさん、Dさん(いずれも大学のロボット研究者)
・イベントの規模に驚いた。またセットも本格的で、こうしたプレゼンテーションをするのがすごい。
・動かないロボットもいたが、こういったイベントは継続することによって、あっという間にすごいものが出てくるはずだ。
・技術的には、ヒューマノイド・ロボット開発の歴史がある日本が有利だと感じた。
・ただ、災害ロボットは、必ずしもヒューマノイド型をしている必要はない。クローラーとアームがあれば、今回のタスクにあったがれき除去は30秒でできるだろう。
・また、今回の8つのタスクは役立つものもあるが、「車を運転する」、「はしごを上る」などは原発事故では現実的ではないように思う。
・アトラスは優れたロボットだ。確実に動いてくれるというのは、最低限のところですでに高いレベルを達成している。
●Eさん(メーカーのロボット開発者)
・外部環境でロボットを動かすのが難しいというのは、自分が認識していた以上だった。それがわかっただけでも、見に来た甲斐があった。
・ロボットのサイズが大きいので、確かに制御は大変だが、ロボコンのレベルの人でもやれと言われればできるのではないかとも感じられた。
●Fさん(メーカーのロボット開発者)
・外部環境でロボット自体も揺れるため、位置情報がずれるなど、チームが苦労しているのがわかった。だが、センサーのブレを調整したり、揺れを吸収したりするような技術的対処方法があるのではないだろうか。
・メーカーでも、若いエンジニアはこうした大会に参加したいと思っている。だが、企業としては採算が取れない。たとえ優勝して200万ドルが与えられても、材料費が賄えるくらいで、人件費がカバーできない。
●Gさん(メーカーのロボット開発者)
・ロボットの手先に注目していたが、タスクを最終的にこなすためには非常に重要な要素だ。シャフトやタータン・レスキューは、カナダのロボティーク社の劣駆動型ハンドを使っており、効果を上げているのがよくわかった。
・アメリカでも、DRCの影響があるかとは思うが、ヒューマノイド型ロボットへの関心は高まっている
・災害救援にヒューマノイド・ロボットが実際に役立つかどうかはわからないし、それについての結論を出さなくてもいいと思う。
・シャフトが勝ったのは嬉しい。だが、グーグルに買収されたことについては、複雑な気持ち。グーグルの目のつけどころがよかったことは確か。
ギル・プラット氏にもいくつか追加質問
閉会式とメディア向けブリーフィングが終わった後に、DRCプログラム・マネージャーのギル・プラット氏に、個人的に持っていたいくつかの疑問点を尋ねてみた。
Q. DRCでは、「人間のつくった環境で機能するロボット」が求められたわけですが、結局ヒューマノイド型ロボットが多かったようです。
A. DRCは、そもそも福島原発事故が起こった際に、「なぜアシモが送られないのだ」という声が上がったことに端を発しています。ロボットの目的は、エンターテインメントだけではないという機運が高まった。ただ今回も、すべてがヒューマノイド・ロボットではなかったし、DRCはあくまでも形状としてのヒューマノイドではなく、機能としてのヒューマノイドを求めています。
Q. ソフトウェアで勝ち進んだチームに与えられた「アトラス」は大きく不安定で、苦戦したチームも多かったようです。もともと 防護服をテストするために作られたヒューマノイド・ロボット「ペットマン」が元になっているようですが、これは災害救援にふさわしいロボットなのでしょうか。
A. 確かにアトラスは大きくて重い。産業施設で起こるような災害で、大きながれきを乗り越えていくには役立つでしょう。そうでなければ、もっと小型のロボットの方が役に立つかもしれません。ただ、DRCはロボットのブレーンと人間オペレーターのスキルとの組み合わせで競われます。その点では参考になることはたくさんあった。それにアトラスは、10ヶ月で既存のロボットから何が作れるかをやってみた結果です。いずれにしても、来年の決勝戦は、各チームがさらに新しいアイデアを盛り込んで挑戦するはずです。
Q. 各チームは、DRCの競技ではともかく得点を得ることを優先した戦略を採り、自律性などの点でロボットの最も優れた能力は発揮させなかったかもしれません。それをどう見ていますか。
A. 確かに得点を安全に獲得するための戦略が見られました。来年の決勝戦では、もっとロボットの能力を発揮させる動機付けになるようなしくみを盛り込みたいと思っています。たとえば、ダイビング競技ではリスクを採って難しい技に挑んだことを評価する項目があり、それと同じようなことができないかと考えています。もっと洗練した審査方法を考えます。
Q. 各チームのロボットがタスクを遂行して得る得点以外に、DRCが目指している目標は何ですか。
A. 電気供給、自律性、アクチュエーションの効率化、そういったことを求めていきたい。
DRCの本当の意味は何か?
DRC会場で特に日本人のロボット開発者からよく聞かれたのは、「シャフトが勝つのは当然かも」という声だった。それは、日本で育まれてきたヒューマノイド・ロボットの技術に対する誇りもあったろうが、シャフトがそれだけDRCのためにロボットを極めてきたという背景もある。
それを考えるにつれ、DRCは一見したようなロボットの競技ではなく、DARPAのもっと大きな思惑に則って開かれたものだという気がしてならなくなった。それはこういうことだ。
日本で数10年の歴史を持つヒューマノイド・ロボットの研究室からスピンアウトしたシャフトが、創設の2012年5月から1年半以上かけてDRCのために最適化されたロボットを作り上げてきたとしたら、8ヶ月前にバーチャル版ロボティクス・チャレンジ(VRC)で勝ち抜き、いきなりアトラスを与えられたチームはたった6ヶ月でソフトウェアを組み込み、調整してチャレンジに臨んだ。したがって、両者は同じ土壌に立って比べられるものではないということ。言葉を替えれば、両者はまったく異なった計測のための指標になっていたということだ。
VRCチームは、限られた時間内にハードウェアにどれだけソフトウェアを統合できるのかを測るために動員された。また、そもそもアトラスを提供したボストン・ダイナミックス社も、この競技に合ったロボットを10ヶ月という限られた時間内に作るというタスクを課せられた。いずれも即戦力を計測するという目的のためなのではないだろうか。
これで思い出すのが、アメリカ軍でよく行われる「ドリル」と呼ばれる実地訓練だ。ドリルは予行演習と訳されるが、つまりは現実のできごとを想定したシミュレーションである。 たとえば、何年か前に見に行ったことがあるドリルには、「生物兵器の攻撃を受けた後に、通信インフラがダウンした。さあ、どうする?」というものがあった。このドリルでは通信関係会社、テクノロジー企業、大学の研究室など数10チームが屋外倉庫のような場所に集まり、1週間をかけて実際に即席で開発を行った。
IBMチームは、混沌とした状況下でどういった命令系統が成り立つのかをシミュレーションし、グーグルはマップの技術を用いてさまざまなできごとをリアルタイムでレイヤーするような技術を開発し、他にも救急病院の空きベッド数をモニターするアプリケーションを開発するチーム、普通の市民が身の回りの状況をレポートするのをマッピングする技術を開発するチームなどがあった。携帯衛星通信機器を持ち込んだチームもあった。この中からアドホックな共同作業も生まれた。
毎日夕方には全体ブリーフィングがあり、開発状況の情報交換と明日の戦略が話し合われる。ここから完成した技術は生まれなかったかもしれない。だが、このドリルの目的は完成品を作ることではなく、即戦力を試し、シミュレーションの中でどこまで何が達成できるのかを計測することだったのだ。実は、DRCも同じようなことが試されているのではないかと考えられるのだ。
その意味では、競技以前から計測は始まっている。たとえば、会場にロボットを持ち込むという前提自体が競技の一部だ。中国のチームは、ビザなどアメリカ入国に必要な書類はすべてそろっていたというが、それでもアメリカにやって来なかった。何か政治上の理由でもあったのか。また、チームのひとつ、カイロス・オートノミはロボットがうまく動かず欠場。このロボットは輸送によって支障をきたし、現場での修理も効果がなかった。
そして、上述したように、アトラスを与えられたチームは6ヶ月間でソフトウェアを統合する力を試され、自前のハードウェアとソフトウェアで臨んだチームは、ロボットのハードウェアの形状とソフトウェアの両方でタスクへの適性が測られた。
そして結果的には、歴史的な開発の資産を持ち、DRCのためにロボットを調整してきたシャフトが圧勝したわけだが、シャフトはすべてのチームのためのベンチマークとして存在していたようにも見える。「ここまでできる」ということを、他のチームに提示するための存在だ。
グーグルに買収された同社が、もし、2014年末の決勝戦までDRCに専念することを許され、また他のチームと比べものにならないくらい多大な資金をそれにかけることになるとすれば、シャフトはますます独自路線でロボットの能力に磨きをかけていくことだろう。
注目されるのは、他のチームや、今回はアトラスの調整のために数ヶ月間しかかけられなかったチームがどう巻き返しを図ってくるのかだ。実はロボニュースは、最終競技終了後にコメントを取ろうとMITのガレージを訪ねたのだが、そこではまさにチームが円陣を組んで反省会が始まろうとしていて取材がならず。しかも、チームリーダーはかなり気が立っているようだった。4位に堕落したことに我慢がならなかったのだろう。来年、このチームが全力で挑んでくることは間違いない。
また、評価項目にはなっていないが、各チームは開発コストの面でも差がある。たとえば、トラックD(自前資金でハードウェア、ソフトウェアを開発)から参加したチーム・モジャヴェイトンは、方々からの寄付金で細々と運営していて、ロボット「バディー」にかけた開発費はわずか3万ドル(約300万円)。バディーのおよそ40%の構成要素は3Dプリンティングで制作したという。
2日間の競技を終えたバディーはまったく得点を取れなかったが、これはNASAジョンソン宇宙センターのロボット、ヴァルカリーの0点と同じ0点ではないだろう。ヴァルカリーは、かなりの資金を投入されても0点だったからだ。
これまたアメリカ軍では、戦場で即席に武器周辺器材を作ることもあるのだが、3Dプリンティングでロボットを制作するという方法論は、そうでなくとも参考になるだろう。そもそも、3万ドルという低コストで開発されたロボットが、審査を通過してDRCに参加したこと自体がすごい。
バディーをデザインしたチーム・モジャヴェイトンのカール・キャッスルトン氏は、「バディーのサーボはタスクを遂行するには十分に強力でなく、安定感もなかった。この点はすでに再設計に取りかかっている」と数日前に伝えてくれた。ひょっとすると同チームは決勝戦にまた挑んでくるかもしれない。
「勝つ」ということが最終目的ならば、もちろん競技結果は重要だ。災害救援、戦場などでは、ともかく最適に機能するロボットでなければ役に立たない。
だが、DRCは競技のかたちをとったまったく別のできごとでもあり得る。ギル・プラット氏は、DRCはロボット技術の「レファレンス・ポイントを得るためのイベント」だと説明していたが、それは開発力、即戦力、形状、環境、コストなどロボット技術をあらゆる観点から計測する基点を得るためのものなのだ。いろいろな評価軸がここには想定されていることになる。
そう考えると、2014年末のDRC決戦にDARPAがどんな前提条件を設定してくるのか、そして各チームがそれにどう臨んでくるのか、今から大いに楽しみなのである。今回の予選の結果をDARPAは徹底的に分析しているはずだ。
ところで、2位になったIHMCの以下ビデオはユーモラスで楽しめる。こんなビデオをチャレンジ数日前に上げていたとは、余裕。