人を感じさせるロボットは、「暗黙知」を誘い出す。 RP-VITAを訪ねて<その2> UCLAメディカルセンター脳外科ICU取材

何事も現場を見ずには本当のことはわからないものだが、今回のUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)メディカルセンターほど、「見に来てよかった」と訪問中に何度も痛感したのも珍しい。

ここへ見に来たのは、医療用テレプレゼンス・ロボットのRP-VITAである。インタッチ・ヘルス社アイロボット社と共同開発したもので、医師が遠隔地にいても患者の様子を診断でき、可動型なので病院内を動き回り、自律走行もできるというロボットだ。

ロボニュースは、これに先立ってインタッチ・ヘルス社CEOのユーラン・ワング氏にもインタビューをして(RP-VITAを訪ねて<その1>)、このロボットの狙いを学んだつもりだったが、それでも現場に来なければわからないことがたくさんあったのだ。

UCLAメディカルセンター内部を移動するRP-VITA

UCLAメディカルセンター内部を移動するRP-VITA

今回訪ねたUCLAの医学部教授兼メディカルセンターの脳外科医であるポール・ヴェスパ医師は、1年以上前から同病院内でRP-VITAの使い勝手をテストしてきた。同医師は、すでに2005年に旧モデルであるRP-5も導入、その結果UCLAはICU(集中治療室)でテレプレゼンス・ロボットを使った最初の病院となった。それほど、医療現場における最新技術に関心が高い医師だ。

ロサンゼルスのUCLAメディカルセンター

ロサンゼルスのUCLAメディカルセンター

さて、まだRP-VITAがテスト段階にあった頃、ワング氏はウェスパ医師と食事をした際に、同医師の妻から会うなりこう感謝されたという。「ロボットを作ってくれてありがとう。おかげで夫がよく眠れるようになりました」。

それまで脳外科のICUを担当するヴェスパ医師は、夜中の電話で病院に呼び出されることがしょっちゅうあった。患者の容態が変わったといったような連絡だ。実際に出かけてみると、ちょっとした処置で収まることがわかったりするのだが、まずは患者の様子を自分の目で確かめる必要があるので、ともかく病院へ戻らなくてはならない。

それが、RP-VITAの導入で変わった。万が一そうした電話が入っても、まずはRP-VITAを動かして患者のベッド脇まで出かけて様子を見る。生体信号のデータも同時にわかるので、それを確かめながらそばにいる看護士に指示を出せば、それで終わることも多い。

「これまでは、20分で終わる処置のために往復2時間かけて病院へ戻っていたのが、RP-VITAのおかげでそうしたことがなくなりました」とヴェスパ医師は言う。その分、休養を取って連日の診察や手術に備えることができるわけだ。

このように患者を回診する。iPadも利用可能

このように患者を回診する。コンピュータ以外にiPadも利用可能

実際の現場を見るまで、テレプレゼンス・ロボットについて誤解していたことのひとつがこれだ。テレプレゼンス・ロボット(遠隔ロボット)という呼称から、こうしたロボットは医師が不足する田舎や、遠方にいる専門医の助けが必要な時に利用されるものとばかり思っていたのだ。だが、ヴェスパ医師のように、地元の自分の病院であっても、RP-VITAのようなテレプレゼンス・ロボットを利用すれば、限られた時間を効率的に使えるということだ。

もちろん、本当の遠隔地で利用されることもある。たとえば、ヴェスパ医師はUCLAから80マイル(約130キロ)離れた救急病院にも、RP-VITAを介して関わっている。遠隔地のRP-VITAに接続するには、コンピュータやタブレットでアクセスするロボットを切り替えるだけでいい。遠隔地でも、患者や病室の様子は高解像度ではっきりと見える。

ヴェスパ医師によると、ロボットを利用するかどうかは別として、遠隔医療自体は今やアメリカの医療現場では普通のことになっているという。UCLAメディカルセンターでも提携している病院が20カ所あり、医師らはここにいながらにして全米のさまざまな場所の医療に関わっているわけだ。

アメリカでは、専門の異なる複数医師によるチーム医療が多い。だが一方で、医師不足や医療費高騰が深刻な問題になっている。遠隔医療技術の導入は、医療現場が抱えるこうした問題に対する自然な解決策とも言える。そして、遠隔医療がこれだけ広まっているのならば、テレプレゼンス・ロボットもけっこうスムーズに浸透していくのだろうと思わせるのだ。

RP-VITAがいる実際のICUを案内してもらった。日本の病院のように、複数のベッドが一室に並べられているのではなく、1フロアーの一角がICUに充てられている。そのICUコーナーには廊下が何本かあり、それに沿って個室の病室とナースステーションが配置されている。

充電ステーションで待機するRP-VITA

充電ステーションで待機するRP-VITA

RP-VITAは、充電ステーションで待っていた。デモのために動かしてもらった。行き先を指定するには、胸の部分にある小さなモニターを利用する。頭部のモニターとは別のものだ。当然この操作は、遠隔地からでも行えるものだが、たとえば仕事中の看護士が、今すぐに医師とテレビ会議をやりたいといったような場合に、胴体についたこのモニターから操作できるのは便利だ。

ヴェスパ医師が行き先を指定しているところ

ヴェスパ医師が行き先を指定しているところ

RP-VITAには、このICUコーナーの平面図がマッピングされており、すぐに指定された病室に向かう。その間、リアルタイムで廊下の障害物や人を認識し、避けて通ったり、相手が通り過ぎるのをちょっと待ったりして前進していく。目的の病室に到達すると、入り口で止まった。ベッドや医療装置が置かれた病室内は、手動操作で動かすことになっているようだ。

RP-VITAのベースの駆動部分にはアイロボット社の自律走行技術が用いられており、まるで滑るようにスムーズに廊下を移動していく、障害物を避けて前進する際も、ロボットから想像するようなぎこちなさはなく、いったん斜めに進んで、また元に戻るという自然さだ。ここで、行き交った患者の家族にスクリーンを向けてあいさつなどしたら、医師自身がそこにいるのとほとんど変わらない存在感があるだろう。RP-VITAのスクリーンは、向きを変えるとまるで人間の首が動いたように感じられるのだ。

アメリカの病院の廊下には、ロボットも犬もいる! RP-VITAは、障害物を避けて前進中

目的の病室前に到着

目的の病室前に到着

ヴェスパ医師のオフィスでは、RP-VITAの操作スクリーンを見せてもらった。スクリーンには、1つのウィンドウ内にさまざまな要素が映し出せる。RP-VITAのカメラが捉えるリアルタイムの病院の様子、患者の医療データ、RP-VITAを介してテレプレゼンスに参加する他の医師の顔など。1台のRP-VITAのセッションには複数の人が参加することができ、他の医師のほかにも、遠隔地にいる患者の家族が加わることもできる。また、RP-VITAの画像は録画でき、後で治療の記録などを見直すことも可能だ。ジョイスティックは、RP-VITAを手動で動かすために使うものだ。

操作中に、患者に関するデータも呼び出すことができる

操作中に、患者に関するデータも呼び出すことができる

 これまで録画した中から、RP-VITAの存在価値を物語るケースをいくつか見せてもらった。

たとえば、ある日RP-VITAを使って移動中だったヴェスパ医師に、向こうから歩いてきた看護士が話しかけてきた。「あ、先生。そう言えば、さっき患者の○○さんの家族が来て、こんなことを言っていらしたのですが………」。何のことはない廊下での立ち話のように見えて、実はこの看護士が告げたことは治療計画上、非常に重要な情報だったという。

また、ある時は、他の医師やインターンらと一緒に病室を回った。その後で、廊下の一角で立ったままミーティングをする。RP-VITAでミーティングにも参加していたヴェスパ医師は、その最中、インターンがしかるべき計器に目をやり、しかるべきデータに目を通しているのを確かめることができた。こうしたことは、そのインターンの能力と現場理解度を測るのに核心となる要素である。

この2件のような状況は、もし翌日正式な対面ミーティングをやったとしても、あるいはその時に固定スクリーンを介したテレビ会議をやっていたとしても、出てこなかったことだとヴェスパ医師は言う。まるで当の本人のように歩き回り、そこに「いる」ことができるからこそ、細かな情報をキャッチし、また相手もふと思いついたことを話したりする。RP-VITAはヒューマノイド・ロボットにはほど遠いかもしれないが、「人の気配」を持つことで人間の暗黙知を引き出すことができるのだ。

ヴェスパ医師も言う。「ロボット型であることで、人間という印象を与えることができ、回りも本人として扱ってくれるのです。その結果、テレビ会議とは比べものにならないほど、関わり合いの度合いが深まります」。

遠隔医療ならば、各病室にスクリーンがあれば足りるのではないかと思っていたのだが、そんな想定はまったく間違っていたとよくわかったのである。

さらにもうひとつ現場に来るまでわからなかったのは、病院の医師がどれだけ院内を歩き回るかである。各病室を回診し、ナースステーションに立寄り、加えてインターンの指導もする。これを1日何度か繰り返す。外来であれ入院であれ、これは患者の視点からはよく見えないことだ。

RP-VITAで廊下を歩いていると、「ハーイ、ドクター・ヴェスパ!」と声をかけられる

RP-VITAで廊下を歩いていると、「ハーイ、ドクター・ヴェスパ!」と声をかけられる

その動いている間にも、医師はさまざまな情報をキャッチしている。可動型のロボットは、点ではなく面的な医師のこうした動きを代替することができるし、ことにRP-VITAのように自動走行するテレプレゼンス・ロボットは、「重要なことにだけ神経を使えるようにしてくれる」(ヴェスパ医師)のだという。

ある録画では、緊急に呼び出されたヴェスパ医師が、RP-VITAで病室に入り込み、若い医師が処置をしているそばでさまざまな医療測定器に目を通している様子が記録されていた。測定器が向こうを向いていてよく見えない場合は、RP-VITAがベッドの脇から回り込み、計器に近づいた。狭い場所でもかなりの可動力を見せる。患者の顔の表情はもちろん、声のイントネーションの調子も、そこにいるのと同じようにわかるという。

ヴェスパ医師は、今やRP-VITAとチームのように仕事をしている。自宅に戻った後、夜に15〜30分ほどかけてRP-VITAで回診をする。そして寝る前にもう1度、病室を回る。翌朝、ICUに到着すると、「昨夜もここにいた」という気がするそうだ。

ところで、RP-VITAについては、もうひとつ勘違いをしていたことがある。それは、訪問前、ヴェスパ医師とのアポを取る際にわかった。広報担当者から「医師とRP-VITAとは、それぞれどれくらいの時間が必要ですか」と尋ねられた時、多忙な医師は邪魔したくないが、RP-VITAについてはみっちりと説明を聞きたいと思った。だから、「医師とは30分、RP-VITAとは1時間」とリクエストしたところ、こんな返答が返ってきた。

「ヴェスパ医師はぎりぎり20分までOK。けれどもRP-VITAは、患者の診察があるので15分が限界です」

ただのロボットだと思っていたが、RP-VITAはまぎれもなく医師たちの分身。彼らと共に、日々忙しく働いているのだった。

ヴェスパ医師とRP-VITAは、今やチーム

ヴェスパ医師とRP-VITAは、今やチームだ

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